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紀要28号 (4)平螺鈿背円鏡![]() 平螺鈿背円鏡(写真は正倉院事務所提供)
正倉院や宝物を紹介する際、よく「天平のタイムカプセル」と形容することがある。「宝庫を開けたら奈良時代の輝きがそのまま残っていた」というイメージが含まれているが、これは事実ではない。その一例を、平螺鈿背円鏡(へいらでんのはいのえんきょう)にみることができる。 直径約27センチ。重さ約2・6キロ。螺鈿や琥珀(こはく)で文様を形作り、あいだに青金石とトルコ石を細かく砕いた粒、金色の粉を入れて輝きを増している。鎌倉時代の寛喜2年(1230年)、他の鏡とともに宝庫から盗まれた。その後犯人は捕まったが、鏡は破壊されていた。 回収し保存した破片と、それがどの部分かを記した文書をもとに、明治になって修復された。この鏡の場合、5つの破片を接合したうえ、螺鈿や琥珀なども新たに補っている。オリジナルの鏡背装飾は12%に過ぎないが、その文様構成をもとに全体を再現しており、破壊される前もほぼこのようなデザインだったと考えられている。 今回、宮内庁正倉院事務所が蛍光エックス線を用いて材質分析をしたところ、ちりばめられた金色の粒は、黄銅であることがわかった。黄銅は銅と亜鉛の合金で、真鍮(しんちゅう)とも呼ばれる。黄銅が古代から用いられていたことが確かめられた。 興味深いのは、明らかに明治の修理で補われた部分の金色の粒も、黄銅であることがわかったことだ。 同事務所の成瀬正和・保存科学室長は驚きを隠さない。「長い間、金だとばかり思っていたが、違っていた。大きな発見だった。しかも、明治の職人がこれを黄銅と見抜いて補修していたことに驚いた」と話す。 これら螺鈿鏡は、中国で造られた日本からの特注品とみられている。金を使うのはもったいないからと、黄銅を代用したのかもしれないという。 正倉院展で展示しても気づく人は少ないが、きらびやかな螺鈿の鏡背の隅に金文字で小さく「明治三十年五月補之」と記してある。いつ修復したかを宝物それ自体に書き込むなんて、今では考えられないことだが、これが、大幅に手を加えたことを示す当時の職人の潔さだったのだろう。盗難も破壊も修復も背負って、宝物は次代へと引き継がれていく。 実は、同事務所はこの明治の金文字も材質分析をした。結果は「金」。一方で金色の粒を黄銅と見抜いて修復し、書き込んだ金文字には、金を使う――。この修復の確かさを、いずれ誰かが評価してくれるだろうと、職人がひそかに鏡に込めたメッセージなのかもしれない。 (読売新聞大阪本社記者・戸田 聡) (2006年09月06日 読売新聞)
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