愛響く 癒やしの音色
ドイツ生まれの新しい小型弦楽器「ヘルマンハープ」が、日本でじわりと愛好者の輪を広げている。輸入開始から3年。教育や福祉の現場でも注目され、全国に600台が普及するまでになった。ちいさな竪琴(たてごと)が人々の心をつかむ理由は、どこにあるのだろうか。
ヘルマンハープを奏でる人たち。澄んだ音色は年齢や障害を超えて多くの人の心を癒やす(兵庫県西宮市で)
大阪市内のマンションの一室。6人の女性が弦をはじくと、ピーンという独特の金属音とともに澄んだ音色が響き渡った。奏でられる「エーデルワイス」のしらべに耳を傾けていると、体の芯の緊張がすっとほどけていくような、不思議な感覚にとらわれた。
「ふわぁっと浮き上がるような音で」「心地よさをメロディーに乗せて」
日本ヘルマンハープ協会(兵庫県西宮市)の理事長、梶原千里さん(47)の指導で、曲が進むにつれ、奏者の動きはしなやかさを増し、リラックスしていくのが伝わってくる。
「心に染み入る音色と、誰にでも弾ける易しい仕組み。人生を豊かに輝かせてくれる楽器です」。魅力を、梶原さんはそう話した。
ヘルマンハープは、ダウン症の息子に演奏の喜びを感じさせてやりたいと、ドイツ・バイエルン州の農場主、ヘルマン・フェーさん(72)が20年前に考案した。販売台数はすでに世界で1万台を超える。
高さ64センチ、重さ約2キロ。大きなものでは高さ2メートル近いハープに比べれば、半分以下の大きさだ。特製の楽譜を弦の下に差し込み、音符代わりの印に合わせ、順に弦をはじくだけで演奏できるよう工夫されている。モーツァルトやショパンなどの名曲も、五線譜が読めなくても弾きこなせる。
梶原さんがヘルマンハープと出合ったのは、2003年、夫の赴任先のドイツで。コンサートで美しい音色に心を奪われ、障害や年齢を超えて老若男女が合奏する姿に感動した。
「ハンデにかかわりなく人々を結ぶこの楽器を、日本でも紹介したい」。ヘルマンさんを訪ねて輸入販売契約を交わし、帰国後、関西を中心に各地で演奏教室を開いて普及を始めた。
いま、教室で学ぶなどしている愛好者は約1000人。多くは50歳以上の女性という。
大阪府高槻市の山下美智子さん(75)は、子供のころ習いたかったピアノに4年前、挑戦したが、難しさに挫折。そんな時、ヘルマンハープを知り、弾きこなせたことで長年抱いていた音楽への劣等感が消えた。「私にもショパンが弾けるのよ」。うれしくて仕方ない様子だ。
同府茨木市の小林伊一さん(64)、和子さん(62)夫婦は、伊一さんの定年後、共通の趣味にと始め、毎日、自宅で合奏の練習に励む。「音で“対話”すると、わだかまりも解けて心が通じ合う。夫婦の絆(きずな)を深めてくれました」と言う。
ヘルマンハープの奏者には、障害を持つ人も多い。大阪市の通所施設「たけのこ」で開かれる演奏教室には、四肢、発達障害など、さまざまなハンデを抱えた青年が通ってくる。実力差があっても、ゆっくりテンポを合わせて織りなすハーモニーには、互いを思いやる気持ちが満ちている。
同市の会社員で、ダウン症の伊藤亘起(のぶゆき)さん(22)は、アニメ映画「もののけ姫」のテーマ曲などを器用に弾きこなす。「音を操ることと、優しい音色が好き」と話し、母の知子さん(55)も「楽器は息子に自信を持たせてくれた」と喜ぶ。
ダウン症に詳しい大阪医科大の玉井浩教授(小児科学)は「言葉に詰まって表現できない思いを演奏で他人に伝えたり、協調性をはぐくんだり。演奏の容易なヘルマンハープは、彼らが社会に溶け込むための道具になってくれている」と指摘する。
学校や福祉施設からも、心を落ち着け、和ませる効果が報告されている。
大阪市立関目東小の教諭で、協会認定のインストラクター石川鷹(たか)子さん(61)は06年度の音楽の授業にヘルマンハープを導入。「毎回、ハープを奏でるうち、子供たちが落ち着いて授業に取り組むようになった」と、効果を実感した。
埼玉医科大の和合治久教授(免疫音楽医療学)は、ハープの音色について、「高周波音が生まれやすく、音色が脳に直接作用して血行を促進する。そのために、心地よさを感じ、癒やされる」と説明する。
「優しい音色に誘われて、失語症の入所者が『ふるさと』を口ずさんだ」「認知症のお年寄りの情緒が安定した」――。高齢者施設などからも、協会にはしばしば喜びの声が届く。
「ヘルマンハープの原点は、わが子の幸せを願う父の愛。手に取る人に、優しさや思いやりの心を一緒に伝えていきたい」。梶原さんの願いだ。
協会認定 全国に69教室 演奏体験や養成講座も
日本ヘルマンハープ協会が直営、認定する演奏教室は、近畿2府4県と、東京、香川、広島など全国に69か所ある。2月29日に「コープこうべ生活文化センター」(神戸市)で、3月19日には「よみうり伊丹文化センター」(兵庫県伊丹市)で、一般向けの演奏体験会も予定している。
同協会は、インストラクターも募集中だ。一定の音楽知識を持ち、障害者や高齢者、楽器に不慣れな人たちへも普及するというヘルマンハープの趣旨を理解する60歳未満の人が対象。養成講座の受講が必要で、京阪神地区と東京で不定期に開催している。
楽器はハンドメードで、1台17万〜26万円。購入方法や教室などの情報は協会のホームページ(http://www.hermannharp.com/)で紹介している。問い合わせは同協会(0798・61・9953)。