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No.18 高知市 いまむかし写真物語



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龍馬と民権と「よさこい」と

 「酒飲みで豪放磊落(らいらく)」。他県から見た高知県人のイメージは鮮やかだ。自分を曲げない「いごっそう」もよく知られている。四国山地と太平洋に挟まれた独自の風土は、多くの偉才を生んだ。高知市だけでも坂本龍馬、板垣退助、中江兆民、植木枝盛、浜口雄幸らが並ぶ。

 1980年代に市長選を2度取材し、基礎票で自民に大きく劣る社会、共産党が県都として全国最長の革新市政を更新したのには驚いた。やはり明治維新や自由民権運動をリードした反骨精神の伝統なのかと考えさせられた。91年の県知事選で、高知に全くゆかりのなかった橋本大二郎知事を誕生させた女性たちのパワーもまた、そうだったのだろうか。

 今、全国に高知を発信する代表格は、真夏の「よさこい祭り」。54年に始まり、自由な振り付けを許したことで若者が飛びついた。92年からの「YOSAKOIソーラン祭り」(札幌市)など、地元の民謡と鳴子を組み合わせた祭りは数十を軽く超える。進取の精神という点では、これも龍馬と同じ根っこを持つと言えるかもしれない。

高知市の写真について

    1955年、西から見た高知市街。高知城の堀をはさんで県庁と高知市役所が向き合い、市役所の南を東西に延びる大通りには路面電車が走る。右は鏡川。
    台風にはずっと悩まされてきた。写真は76年8月、台風17号の通過後ようやく水が引き始めた中を自衛隊員に背負われ救出される市民。横転した車が濁流のすごさを物語る。
    「自由民権百年」を祝い、87年に高知市で開かれた全国集会。81年の横浜、84年の東京に続く第3回目で、これらの運動が90年の高知市立自由民権記念館のオープンにつながった。高知県議会は2000年、「自由は土佐の山間より」を県詞と決めた。
    高知城の追手門から約1キロにわたり続く日曜市(1988年)。300年の歴史を持ち、周辺各地から農産物や雑貨品が持ち込まれる。共産党衆院議員の山原健二郎(2004年没)は毎週、計1000回以上もここで演説して親しまれ、1996年の小選挙区制選挙で10選を果たした。
    横山隆一、やなせたかし、青柳裕介氏らを生んだ高知県は「漫画王国」を自負し、高知市では92年から毎年夏に「まんが甲子園」が開かれている。写真は第1回大会で勢ぞろいした全国20校の代表。最優秀には大阪・初芝高が輝いた。
    はりまや橋を起点に東西南北を結ぶ土佐電鉄は、1904年に開通。現存する中では日本最古の路面鉄道だ。「アンパンマン」などアニメキャラクターを原色で描いた車両や明治時代の「維新号」、ノルウェー、ポルトガルなど外国の車両も導入している(2000年)。
    今や全国に広まった真夏の祭典「よさこい祭り」。商店街の夏枯れ対策として「阿波踊り」をモデルに始まったが、1970年代以降は奇抜な衣装や振り付けが目立つようになった。写真は2002年。
    市中心部を流れる江ノ口川に、東経133度33分33秒、北緯33度33分33秒と「3」が12個並ぶ地点がある。同じ数字が並ぶ地点は世界の陸上で9か所しかなく、「地球33番地」と名づけて川の浄化や周辺の清掃が行われている。写真は04年。
    龍馬を記念する施設は、桂浜に建つ銅像が最も有名。2000年から、毎年秋に四国電力の社員が清掃する=06年撮影。近くに記念館があるほか、04年には生家のある上町に「市立龍馬の生まれたまち記念館」が完成、2年半で10万人が訪れた。
10     広い県土に高知市が占める割合は4%弱だが、人口は79万人のうち32万人、昼間人口は過半数を超える。経済基盤の弱さに少子高齢化が重なり、市政運営は苦しい。写真は07年。
2007年10月13日  読売新聞)

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